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ポル・ポトは語る。-ジェノサイドの果て-

ポル・ポトは語る。

『我々は独自の世界を建設している。新しい理想郷を建設するのである。
したがって伝統的な形をとる学校も、病院も要らない。貨幣も要らない。
たとえ親であっても社会の毒と思えば微笑んで殺せ。
今住んでいるのは新しい故郷なのである。我々はこれより過去を切り捨てる。
泣いてはいけない。泣くのは今の生活を嫌がっているからだ。
笑ってはいけない。笑うのは昔の生活を懐かしんでいるからだ。』

皆さんは世界三大虐殺地というのをご存知だろうか?

ひとつはドイツにあるアウシュビッツ強制収容所。
コレはご存知の通り、ヒトラーによるユダヤ人の大量虐殺。

ひとつはルワンダ。
この地で起こったジェノサイドは、
フツ族過激派がツチ族を大量虐殺したというもの。

そして、最後のひとつがカンボジアである。

先週ちょうどこのカンボジアを訪れた時のことを書こうと思う。

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今から30年ほど前、カンボジアの政権を握ったポル・ポトのもと
たったの3-4年の間に当時のカンボジア総人口の1/3にあたる300万人が虐殺された。
その多くは医者や教師などの知識人、そしてブルジョア階級の国民、その親族など。

決して罪があったわけではない。いや、ポル・ポトの思想『原始共産主義』に
反していたことが罪だったのだ。

当時、カンボジアは内戦のせいで飢餓の危機にさらされていた。
そこにポル・ポトのこの思想が合致してしまったのだろう。

原始共産主義とは、共産主義の中でも特に過激なもので
国民は全て農業をすべきだ。貨幣経済もいらない。階級制もいらない。
と、要は原始時代の生活を理想とする主義である。

農業をするために、知識など必要あろうか。いや、ない。
その思想をもとに、上に書いた知識人を次々と虐殺していった。

この虐殺を行ったのがクメール・ルージュというポル・ポト率いる組織である。
組織の大半はまだ成人していない子供で組織され、プロパガンダバリバリの
教育を受けさせられ、子供が多くの人の命を奪っていった。

上の写真は、トゥールスレン・ジェノサイド・ミュージアム。
ここは当時強制収容所として使われていた場所をそのまま博物館にした場所である。
何万人という人がこの収容所に運び込まれ、強制労働を強いられ、そして殺されていった。

 

思い空気が流れる博物館内。

ただ、当時の状況、起こったことを説明するだけなら
ネットで事足りる。僕がわざわざ書くまでもない。
僕が書かなくてはいけないことは、僕が何を感じて、何を思ったか、だ。わかってる。

 

でも、

たぶん、上手く言葉には出来ないと思う…

 

以下、ショッキングな画像が続くので、心臓の弱い方はご注意ください。

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当時のまま残った牢獄。
その壁には当時の写真が飾れていた。

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これは、実際に使われていた足に嵌める枷。
僕らの足じゃ、多分入らない。

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ここで、強制労働を強いられていた人たちは
一日2食の粥で12時間以上の労働をしていた。

栄養失調や過労死で何人もの人が死んでいった。

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館内にある、無数の顔写真はここに送り込まれてきた人が全て写っている。
何千枚万枚とある写真(人)の中で生き残ったのはたったの7枚(人)だそうだ。

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数々の尋問を受けている絵もいたるところに飾られている。

拷問の方法は至って原始的だった。
鞭ではたく。水桶の中に逆さ吊りにさせる。
手足を縛って殴る蹴る。。。

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薄暗い室内。床や壁に残る血痕。

 

こんなにも寒気のする場所を訪れたのは初めてかもしれない。
こんなにも静かな殺意に満ちた場所を訪れたのは初めてかもしれない。

 

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そして、『キリング・フィールド』と呼ばれる場所へ向かった。

ここは、300箇所以上あると言われる、虐殺が行われ
死体を埋めたとされる場所のうちのひとつ。

入り口で音声ガイドを渡された。ヘッドホンをつけると日本語が流れてくる。

 

 

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『当時の人口800万人のうち、300万人が殺されました。
それも同胞の手で・・・』

『右手の椰子の木を御覧ください。
この椰子の木の幹は固くなっていて、ここで首を毟りきられました。』

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説明はつづく。

『これはキリング・ツリー。
当時この木を発見した人は木にこびり付いた
大量の血痕や脳みそをみて驚愕したそうです。』

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死体が埋められた場所からは雨季になると
人骨、衣類が毎年見つかるそうだ。

ギラギラに照りつける太陽の元を歩きながら、
どうしたって、気分は沈んでいくばかりだった。

僕にはこの事実を受け入れるだけの
容量を持ちえていないのは明白だった。

ただただ、『なんで・・・?』と思うことしか出来なかった。

 

その後、ベトナムの進軍があり
ポル・ポトの政権に終止符が打たれた。

ポル・ポト政権崩壊直後は総人口のうちの
85%が15歳未満の子供だった。

そして、時代は現在に移り、
当時子供だった彼らが世代の中心になりつつある。

人ひとりひとりにできる事は限られているかもしれないけど、
もう、二度とこの悲劇を繰り返してはいけない。

世界中にはまだまだ問題が山積みであるけれど、
人間の根源は『闘争』ではなく『協働』であると、心から願う。

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カンボジアで見つけた沢山の未来のためにも。

 

–つづく

    Comments ( 4 )

  • coral

    ポルポト政権がどんな風に酷い政治をしていたのかを具体的に知ったのはこれが初めてです。
    続編も是非拝読したいです。
    そして二度とこのようなことが起きない世の中を作る為に真剣に考えたいと思います。

    • tuck

      coralさん
      コメントありがとうございます。
      数年前にやっていた映画でポルポトのことが触れられていたのが
      僕がここに足を運んだきっかけでした。
      続編…この話で書ける続編は正直僕には持ちあわせていません。すみません。
      あえて言うなら、この記事を読んでくださったみなさまが今後の未来へ向けて『続編』を作っていってもらいたいです。

      • Sano

        tuckさん
        はい、そうですね。
        この記事はどなたの心にも種をまいたと思います。
        そしてその種が育って平和な世の中を作っていきたいですね。
        そういう意味で続編は各自が書く物かもしれません。

  • […] 。 したがって伝統的な形をとる学校も、病院も要らない。貨幣も要らない。 たとえ親であっても社会の毒と思えば微笑んで殺せ。 今住んでいるのは新しい故郷なのである。(続きを読む) […]

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